限られた人材と資金で、スタートアップの事業戦略をどう組み立てればいいのか。そんな悩みを持つ方に向けて、本記事ではスタートアップの事業戦略の立て方を解説します。

事業戦略に必要な5つの要素はもちろん、参入市場の選び方から成長フェーズ別の進め方まで整理しました。まずは事業戦略が何を決めるものなのかを押さえ、経営層や投資担当者へ説明できる戦略づくりに役立ててください。

スタートアップの事業戦略とは

スタートアップ 事業戦略

事業戦略は、1つの事業がどの市場で誰に何を売って勝つかを決める設計図です。スタートアップには既存事業のような実績も顧客基盤もないため、大企業と同じ手順では組み立てられません。

まず経営戦略との違いと、社内発の新規事業ならではの前提を押さえておきましょう。

事業戦略と経営戦略の違い

事業戦略と経営戦略は、扱う範囲が異なります。会社全体を見るのが経営戦略、個別の事業を見るのが事業戦略です。3つの層に分けると違いがはっきりするでしょう。

区分決めること主な担当
経営戦略どの事業を持ち、資源をどう配るか経営層・経営企画
事業戦略どの市場で誰に何を売るか事業責任者
機能戦略営業や開発など各部門の動き方部門長

分社化を検討する場面では、この3層が1人の担当者に集まります。経営戦略の判断まで自分で下す立場になるので、どの層の話をしているのかを意識して整理すると議論が混ざりません。

社内発の新規事業とスタートアップの違い

社内で立ち上げた事業は、独立系のスタートアップと出発点が違います。使える資産が多い代わりに、動き方には制約がかかるでしょう。主な違いは次のとおりです。

項目社内発の新規事業独立系スタートアップ
使える資産既存のブランド、販路、技術自分たちで一から獲得
資金年度予算と社内稟議出資と融資
撤退の判断既存事業との兼ね合いも見る資金の残りで決まる

独立系の成功事例をそのまま持ち込むと、社内で通らない計画になります。使える資産を戦略に組み込み、制約を先に洗い出しておいてください。

スタートアップの事業戦略に必要な5つの要素

スタートアップ 事業戦略

事業戦略は、5つの要素を決めれば形になります。決める順番に沿って見ていきましょう。

要素決めること
参入市場どの市場で戦うか
顧客誰から取りに行くか
提供価値どの課題を解くか
競争優位性選ばれる理由
収益モデル何でいくら回収するか

上から順に決めると、要素同士の矛盾が起きません。

5つの要素を決める順番

5つの要素は、上から順に決めます。逆から手を付けると、前提が変わるたびに作り直しになるでしょう。順番を守る理由は次のとおりです。

  • 市場が決まらないと、狙う顧客を絞れない
  • 顧客が決まらないと、課題も提供価値も定まらない
  • 提供価値が定まらないと、優位性を比べる軸がない
  • 優位性が見えないと、値付けの根拠を作れない

前の要素が動けば、後ろの要素も見直しになります。実際には行ったり来たりしますが、最初の一巡は上から通してください。社内発の事業では、販路があるぶん市場を飛ばして顧客から考えがちです。

要素同士の矛盾を確かめる方法

5つを埋めたら、つながっているかを確かめます。個別に書くと、それぞれ正しくても全体で噛み合わないことがあるでしょう。次の4点を突き合わせてください。

  • 狙う顧客は、選んだ市場の中にいるか
  • 提供価値は、その顧客の課題に答えているか
  • 優位性は、提供価値を支えているか
  • 価格は、顧客が払える範囲か

1つでも「いいえ」があれば、その手前の要素まで戻ります。よくあるのは、市場を大きく取りすぎて顧客像がぼやけるケースです。経営層に説明する前に、この4点を自分で通しておくと質問に詰まりません。

事業戦略で決める参入市場と顧客

スタートアップ 事業戦略

参入市場と顧客が決まらないと、戦略は先へ進みません。資源の限られたスタートアップでは、広く狙うほど成果が出にくくなります。

市場の候補を絞り、顧客を分け、最初に取りに行く相手を選ぶ順で見ていきましょう。社内発の事業なら、既存事業の顧客と重ならない範囲という条件も加わるでしょう。

市場規模と成長性から候補を絞る

市場の候補は、規模と成長性で比べます。規模だけで選ぶと、伸びていない市場に入り込みかねません。狙う範囲は、大きいものから3段階に分けて数値化しましょう。

段階指す範囲使いどころ
TAM(市場全体)商品が理論上届く範囲の全て投資家へ将来性を示す
SAM(狙える範囲)自社が現実に取りにいける部分参入領域を決める
SOM(取れる範囲)数年内に獲得できる見込み売上計画の根拠にする

3つとも数字を出せない市場は、候補から外して構いません。根拠のない市場では、経営層への説明も通りにくくなります。

顧客セグメントを分ける軸を決める

全ての顧客を同じように扱うと、伝える内容が定まりません。条件の近い顧客をグループにまとめて、狙う相手を絞り込みましょう。よく使う基準は次の4つです。

  • 業種で分ける:製造業、小売業など事業の種類
  • 規模で分ける:従業員数や売上高
  • 課題で分ける:抱えている困りごとの種類
  • 購買の決め方で分ける:決裁者と検討期間

基準は2つ掛け合わせると、輪郭がはっきりします。製造業かつ従業員500名以下、のように条件を重ねてください。分けたグループごとに、困りごとが違うかどうかを確かめましょう。

課題の大きさで初期顧客を選ぶ

最初の顧客は、課題の大きさで選びます。困りごとが浅い相手からは、改善の手がかりも売上も得られません。次の4点で候補を見比べてください。

  • 困りごとにお金を払う意欲があるか
  • すでに何かで代用しようとしているか
  • こちらから会いに行ける相手か
  • 導入までの決裁者が少ないか

4つとも当てはまる相手が、最初に取りに行く顧客になります。すでに手作業や表計算で代用している相手なら、課題を自覚しているぶん話が早く進むでしょう。

社内発の事業では、既存事業の取引先から探せる場合もあります。まず1社に絞って構いません。

スタートアップの競争優位性の作り方

スタートアップ 事業戦略

市場と顧客が決まったら、選ばれ続ける理由を作ります。資金も人数も限られる中では、機能の数や価格で勝負しても長続きしません。

収益モデルを組み立て、提供価値を定め、模倣されにくい強みを蓄積する順で進めましょう。最後に、その優位性が続くかどうかを検証します。

収益モデルを組み立てる

収益モデルは、何でいくら回収するかを数字で置くところから決めます。金額の根拠がないまま資料を出しても、投資担当者との会話は続きません。決める項目は4つです。

  • 何を売るか:製品、サービス、利用権
  • 誰が払うか:使う人と払う人が違う場合もある
  • いつ払うか:都度、月額、年額
  • いくら払うか:単価と想定数量

4つを埋めると、1顧客あたりの売上が出ます。そこへ獲得にかかる費用を並べれば、黒字に必要な件数もわかるでしょう。初期は単価を低く置きがちですが、後から値上げしにくくなる点も考えておきましょう。

顧客課題から提供価値を定める

提供価値は、顧客の困りごとを言い換えたものです。自社ができることから考え始めると、誰にも刺さらない説明になります。順番は逆で、顧客が今どう困っていて、それがどう変わるのかを1文にまとめましょう。

「月末に3日かかっていた集計が、30分で終わる」といった書き方です。機能ではなく、顧客の状態がどう変わるかを書いてください。顧客に読んでもらい、言葉がそのまま伝わるかを確かめます。

社内発の事業では、既存事業の言い回しに引きずられやすいので注意しましょう。

模倣されにくい強みを蓄積する

強みは、時間をかけて溜まるものを選びます。機能や価格の差は、数か月で追いつかれるでしょう。後追いしにくい強みは次の4種類です。

  • 顧客との関係:導入後の運用で積み上がる信頼
  • データ:使われるほど溜まる利用実績
  • 独自の工程:社内でしか回せない作り方
  • 切り替えの手間:乗り換えに費用と時間がかかる状態

4つとも、初日には存在しません。顧客と取引を続けるうちに厚みが出るので、初期は溜まる仕組みを先に用意しましょう。社内発の事業なら、既存事業の技術や取引実績を土台にできます。

優位性が続くかどうかを検証する

作った優位性は、続くかどうかを定期的に検証します。思い込みのまま資料に書けば、投資担当者からの質問で崩れるでしょう。次の4点を自分たちに問い直してください。

  • 競合が同じことを始めたら、何か月で追いつかれるか
  • 顧客が乗り換えるとき、どれだけ手間がかかるか
  • 値上げしても契約が続くか
  • 紹介で新しい顧客が来ているか

答えに詰まる項目があれば、そこは優位性として書けません。半年に1度は見直し、答えが変わっていないかを確かめましょう。検証した記録が残っていれば、経営層への説明でもそのまま使えます。

成長フェーズ別の事業戦略

スタートアップ 事業戦略

事業戦略は、段階が変わると重心も変わります。まず3つの段階を押さえてください。

  • シード期:種をまく段階で、売れるかどうかを確かめる時期
  • アーリー期:芽が出た段階で、顧客が増え始める時期
  • グロース期:伸ばす段階で、販路と組織を広げる時期

段階ごとに人と資金の配り方を見ていきましょう。

シード期|課題の検証に人と資金を集中させる

シード期は、売れるかどうかを確かめる作業に人と資金を集中させます。この段階で販路を広げても、売るものが定まっていないので費用しか出ていきません。資源を向ける先は次の4つです。

  • 課題が実在するかの確認
  • 顧客への聞き取りと試作の改良
  • 少数の顧客での有料テスト
  • 撤退の判断基準づくり

有料テストまで進むと、口では欲しいと言うだけの相手が外れます。無料で使ってもらった数は、投資担当者への説明では材料になりません。撤退の判断基準も、この時期に決めておくと後で揉めずに済むでしょう。

アーリー期|顧客を集める仕組みに投資する

アーリー期は、同じやり方で顧客が増える仕組みに投資します。創業メンバーの人脈で取れた数社は再現できないので、売上の土台になりません。投資する先は次の3つです。

  • 繰り返し使える集客の経路
  • 問い合わせから受注までの流れ
  • 受注後の立ち上げ支援の型

3つが揃うと、1件あたりの獲得費用を計算できます。その数字が出て初めて、資金を追加で投じる判断ができるでしょう。人を増やすのは、この3つが整ってからにしてください。仕組みがないまま採用すると、動き方が人によってばらつきます。

グロース期|組織と販路の拡大に切り替える

グロース期は、資源の向け先を組織と販路の拡大に切り替えます。獲得の型ができているため、投じた金額に比例して顧客が増えるでしょう。ここから先は、採用の速さが成長の上限を決めます。

販路も、自社の営業だけでなく代理店や提携先へ広げていきましょう。同時に、検証の段階で作った基準が緩みやすくなります。売上が伸びていても、獲得費用が上がり続けていれば止まる合図です。

数字を見る頻度は落とさず、月ごとに確かめてください。社内発の事業なら、この段階で分社化の判断材料が揃ってくるでしょう。

経営層と投資家に示す事業戦略

スタートアップ 事業戦略

組み立てた戦略は、相手が判断できる資料に変えて初めて意味を持ちます。経営層と投資担当者とでは、見ている場所が違うので注意してください。

経営層は既存事業との兼ね合いと撤退の条件を、投資担当者は市場の大きさと伸びる速さを見ています。資料に落とす項目と、その場で聞かれる内容を押さえておきましょう。

事業計画書に落とし込む項目

事業計画書は、決めてきたことを順番に並べた資料です。新しく考える作業ではないので、埋まらない項目があれば戦略側に穴があります。落とし込む項目は7つです。

  • 解決する課題と提供価値
  • 参入市場の規模と成長性
  • 顧客セグメントと初期顧客
  • 競争優位性とその根拠
  • 収益モデルと売上計画
  • 必要な資金と使い道
  • 体制と採用計画

数字を書く項目には、必ず根拠の出どころを添えてください。市場規模なら調査機関名と発表年、売上計画なら単価と件数の内訳を示します。出どころのない数字は、その場で信用を落としかねません。

プレゼンで質問されやすい内容

質問される内容は、ある程度決まっています。その場で考えると答えがぶれるので、事前に文章で用意しておきましょう。よく聞かれるのは次の5点です。

  • その市場を選んだ理由は何か
  • 競合が同じことを始めたらどうするか
  • 最初の顧客をどう獲得するか
  • 何件で黒字になるか
  • うまくいかない場合の撤退条件は何か

撤退条件を自分から示すと、計画の見え方が変わります。続ける判断も止める判断も用意している相手だと受け取られるでしょう。答えられない質問が出たら、その場で埋めずに持ち帰ると決めておいてください。

まとめ

スタートアップの事業戦略は、参入市場と顧客を決めるところから始まります。そこが定まらないうちは、提供価値も競争優位性も収益モデルも決まりません。

人と資金の配り方は、シード期・アーリー期・グロース期で変えていきましょう。5つの要素が揃えば、経営層や投資担当者へ説明できる事業戦略になります。実績も顧客基盤もない状態でも、順番を守って1つずつ埋めていけば形になるでしょう。